ホモサピエンスが生き残った理由

みなさん、私たちホモサピエンスが数ある人類の進化の中から生き残った理由をご存知ですか?今回はその理由について書きたいと思います。私の解釈も入っているため、もし間違えていればご指摘ください。


その昔アフリカではホモサピエンスとネアンデルタールは同じ時代を生きていた時期がありました。私たちホモサピエンスの遺伝子にもネアンデルタールの遺伝子が含まれていることが同時代を生きていたことの証明ですね。

では、何が違ったのか?理由を探るために三番勝負を比較してみましょう。


①頭脳:ほぼ互角

②体力:ネアンデルタール○ ホモサピエンス×

③?? :ネアンデルタール× ホモサピエンス○


この三番勝負の③ですね。なんだと思いますか?


答えは社会性です。


ネアンデルタールは家族単位でしか行動を共にしなかったのに対して、ホモサピエンスは家族以上の集団を形成し『情報の共有』をしていたようです。その恩恵は、道具です。すばらしい道具を作ると迅速に全体に伝わる。その結果、狩猟の生産性が向上した。より多くの獲物を手に入れることができたり、より遠くの獲物を仕留めることも可能となりました。また、機会の共有もできました。獲物が出たらその情報を共有し、その機会を逸することなく確実に捕らえることができるようになりました。

逆に脅威対しても同様に情報を共有することで、逃げる選択肢や集団で立ち向かうことができたようです。


現代人は情報の共有が苦手?


さて、ここからが本題です。私たちホモサピエンスは情報共有が得意なはずなのになぜ日本の企業では情報共有ができていないのか?私はいつもそれを不思議に感じてました。いくつか仮説があります。


仮説1:農耕民族の性(DNA)?


農耕民族は同じ土地に住み、同じ時期に収穫し、それを分け合います。日本には『以心伝心』や『阿吽の呼吸』という文化があります。何も言わなくても理解し合えるという文化が私たちのDNAに組み込まれているのかしれませんね。笑


仮説2:裕福になり過ぎた弊害1?


昭和のいざなぎ景気以前の日本では地域や村単位でコミュニティーがありました。それがいざなぎ景気以降、三世代家族(核家族+祖父母)、そこから核家族となり、核家族内でも子供が自分の部屋を持ちどんどんコミュニティーから遠ざかり、コミュニケーション力を形成する場を無くした結果ではないかと考えてます。


以前私のブログでも『見える化』を書きましたが、会社の生産性の悪さや企業の成長の鈍化には情報の共有が苦手なことが大きく関連していると私は考えています。情報の共有化を軽んじてはいけません。今一度あなたの会社は情報の共有化ができているか?それは口頭だけになっていないかを見直してみてください。





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